2021年10月18日
西島宗輪先生の思い出
若かった私は、心の拠り所
を探していました。
お茶という日本の伝統文化の中に
何かあるのではないか?と。
何度も通って、お茶を習うというより
悩みを聞いてもらっていました。
ある時、宗輪先生に叱られました。
「屁理屈ばかりを言いおって
何も行動していないではないか」。
そして、短冊を取り出して
筆で言葉をしたためられました。
行のうて知るべし
おこのうてしるべし、とは?
まず、行動しなさい!頭で考えて
何もしないのが一番いけない。
自分が動いて、体験をすれば、良くも
悪くも色々と学べる、というもの。
確かにそうだ、私は頭でっかちだ
と反省した思い出があります。
3時間ぐらい説教(諭すという意味)
されて、いよいよ帰る時、先生が
玄関先まで出て、見送りをして
下さいました。
しばらく歩いて振り返ると、まだ
先生はそこにいらっしゃいました。
とうとう、私の姿が見えなくなるまで
見送って下さったのです。
私は深い愛情を感じました。
そして、それは毎回でした。
そのお姿に今も感銘を受け、私も同じ
ようにしようと心がけています。
を探していました。
お茶という日本の伝統文化の中に
何かあるのではないか?と。
何度も通って、お茶を習うというより
悩みを聞いてもらっていました。
ある時、宗輪先生に叱られました。
「屁理屈ばかりを言いおって
何も行動していないではないか」。
そして、短冊を取り出して
筆で言葉をしたためられました。
行のうて知るべし
おこのうてしるべし、とは?
まず、行動しなさい!頭で考えて
何もしないのが一番いけない。
自分が動いて、体験をすれば、良くも
悪くも色々と学べる、というもの。
確かにそうだ、私は頭でっかちだ
と反省した思い出があります。
3時間ぐらい説教(諭すという意味)
されて、いよいよ帰る時、先生が
玄関先まで出て、見送りをして
下さいました。
しばらく歩いて振り返ると、まだ
先生はそこにいらっしゃいました。
とうとう、私の姿が見えなくなるまで
見送って下さったのです。
私は深い愛情を感じました。
そして、それは毎回でした。
そのお姿に今も感銘を受け、私も同じ
ようにしようと心がけています。
Posted by 健康麻将でんどうし at 07:10│Comments(0)